あんかけが書く

かきたいことをかきます。

ミュージカル「ゴースト&レディ」を観たぞ

 観てまいりました。原作は読んでいる。そしてミュージカルというものはほぼ初体験。歌劇全般も初体験。総じてめちゃ良かった。

 原作含めてネタバレとかそこそこ書く。今まで通り全く関係ない作品の名前もネタバレない程度にちょっと出すかもしれない。

 

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 まず、この"良かった"は多分2つの感覚があって、1つは「動いているゴースト&レディが見られて良かった」で、もう1つが「ミュージカルを劇場で観られて良かった」。

 後者の話からする。今までにミュージカルをあまり*1観たことがない。なにか知っているとしたら大西ライオンくらい。あとは最近ファウストを読んだので「伝統に則った劇の作り方であってもなんか急に歌う」という印象がある。

 実際はどうだったかというと、確かに歌っていた。8割くらい歌ってたんじゃないか。劣悪な環境の病室をキレイにしていくシーンは歌も照明も含めてみんなが明るくなる様が良かった。あれ、ミュージカルだからできる差の作り方に見える。

 歌だけじゃなく、発声だけのところもすき。記者からの新聞の内容の朗読全般は腹から声出すお手本すぎる。「読者の諸君!!!」言ってみて〜〜。あの人のシーンで言うなら軍医長を糾弾するところとか良かった。舞台の立ち位置もあって逆転裁判的な魅せ方が映えたのか。

 

 舞台の魅せ方、というかまとめ方もすごく面白かった。ここでのまとめ方、は空間と物に対して言う。舞台は結構広いように見えたけど、人が10人ちょっと並んで詰まっていると感じる程度の円形は結構狭そう。そこに劇場を作ったり野戦病院を作ったりすると、まあ物が並ぶ。

 冒頭グレイの語り*2から入って、フローのこれまでを説明してから馬車に乗るまでのシーンがもう小躍りするくらいワクワクした。デカい演劇を見たことがないので。劇場が墓になって舞台(大道具の舞台)が馬車になるあの一連の流れ、本編くらいすき。多分ファンとかよく見る人なら見るべき場所じゃない気がするけれど、あそこで劇場の座席に十字架の影を出して墓にするところあまりにも良い。あんなに華やかな会場が墓場に!しかも、「人がはけて誰も居なくなった」「楽しい時間を残した場所」「今そこにいる理由はそれが生活である人しかいない(劇場の時はフローとグレイ、清掃員だけがいる、墓場は手を合わせに来た人だけ)」という謎掛けみたいな繋がりで、回想シーンとわかるうえで連続している表現が面白かった。そんなに考えられてなかったら恥ずかしい。

 道具による演出なら見回りのシーンの階段も良かった。うーんうーんと悩みつつ歩くグレイとある種の信念で巡回するフローが長いこと歩いているのがあの動く階段で出せる。しかも、最後に向き合うなんて!あそこ、グレイから渡されたランプをフローが片手に、持っているのが良いよな……。

 大道具以外なら服装が良い。まずデカい声で言うならデオンさんのスカートスタイルとパンツスタイルどっちもかっこいい。コスプレになるんじゃなくてもう「そうある」感じがした。ネームドだけじゃなく、上映前の触れ込みに時代背景も加味して作り込みました、という話があったが、確かに気合入ってた。最初に骨組みのあるスカートを見て「19世紀だ!!!」ってなって英国陸軍見て「レッドコートだ!!!!!」ってなって最後の民衆見て「civの近代だ!!!」になった。半分くらいciv。宗教プレイして修道女(シスター)の服装とかもっと勉強しとけばよかったな…。

 

 続いて、本編の話。これ難しい。そもそも漫画原作をミュージカルにしようとしたらそうなる、演出も良いぞ、と落とし込みながら考えていくとよく作っていると思った。

 改変要素から考える。黒博物館シリーズではなく、「ゴースト&レディ」という1つの作品でできているので学芸員さんに語る部分が違う。何をどういう理由で語っているか、というのが本筋にも少しずつ出てくるけど、ここは結構すきな部分かも。原作でグレイがわざわざ博物館に来ていた理由を思うと、共に生きた証を好きな歌劇に乗せて語り継がれる、というのはなかなか歌劇版グレイ(若干性格違うんだよな)はすきそう。語り継ぐのがどこから出るか、というところで少し意味合いは違う気がする。

 後は生霊の話はカット。フローは「幽霊が見える」のであって生霊が見えるわけではない。これな〜〜〜。このゴースト&レディ、生霊で表す要素が多い。悪意を皮切りに、押しつけとか思いの強さとか、抑圧とか。最初の家族を説得するシーンで、影がそうなっている演出と、それをグレイがバッサリやるシーンで「やってくれそう」と期待したけど、最後はデオンとグレイの戦いが中心になっていったのでそこから離れた。

 いや、なくなったのは惜しい。けど、物語の軸は「心に隙間がありながらやたら強い幽霊の男と生を尊ぶ心の強い女が出会う話」であって、そこがどうくっつくかは歌劇版ならこうあるべきな気がする。まあ生霊とか物質への介入とかごちゃごちゃ難しいし…。

 ここで話を戻して、原作で借りたものの意味合いは「お前の人生はお前の意思で成り立っていた良いものだった、お前が過たず天寿を全うしたことを俺も誇りたい」というものだと思う。原作でこれを渡すシーンめちゃくちゃすき。それで、歌劇版。あっちだと意味合いは「今の俺はこれくらいしかない*3、が、お前はそれを持っているときが何より美しく、望むならこれを持っていてほしい」というめちゃくちゃプロポーズ。原作よりもその意味合いが強い物品だと思う。

 どちらが違う、というのではなく、フローがそうあり続けてくれたことに対するグレイの見せ方の違いがここで出ているよなと。歌劇版はすご〜〜〜く甘くてしんみりしていて、そうでありながら光の中へ向かうフローが美しい。最後まで見て、感じたことを脳みそでこねくり回して、放り出そうとするとこうなる。

 

 最後の幕が下りてからの話もしたい。ここまでを踏まえての話。最後、出演者が出てきて挨拶するくだりがある。あのエンドロール的な演出で役に入ったまま手を振ってくれるのがすごく嬉しかった。

 ラッシュ・アワーって映画あるじゃないすか。あれのエンドロールすきなんすよ。あれ、ジャッキー・チェンクリス・タッカーの素の感じながらもそもそももとの話がコメディ振りだから軽口飛ばしてくれるあの感じが残っているのいいんですよ。

 で、戻すと、挨拶のキャラクターを残してくれてるんすよ。あのホールは帽子をおろして手を隠すようなポーズで厳格に挨拶したり、ボブが楽しそうに手を振ってくれる。何よりまだ仲良さそうなグレイとフローとか。そこからカーテンコールの度にちょっとずつ役者さんの素が出てくる感じが良かった。最後とかデオンさんがウキウキで手振ってておもろい。

 これ、エンドロール見ながらちょっとずつ「あっ、いい芝居だったよな」と思い始められるグラデーションだった。それが急に来るんじゃなくて、ちょっとずつ出てくるのが良い。拍手の音が響きながら、噛みしめる時間。ここで演劇を観たことの良さを感じられた。スタンドバイミードラえもんの話いる?いらんよな。

 

 

 というわけで、総じて良いものを観れた。ちょっとハマりそうだけどこれで私は所持金が底をついたので、草でも食べて生きていきます。では。

*1:あまり、というのは観たことがありはする、という意味。それがどれくらい記憶に残っているかといわれるとほとんどない。あんまり理解もしていなかった気がする。

*2:話は後からもうちょっと追う

*3:最初の真珠のネックレスではなく、持ちたがって持ったものであるところが良い